少女T 2-2

2011年10月4日
「どうしたんですか?」
彼は気になって訊ねた。
「ええ。あたしの娘…1人っこなんだけど、10歳の時に旅に出たきり、連絡をよこさないのよ。だから心配で心配でもう…」
「そうなんですか。それはいつの話ですか?」
「4、5年前よ。お気に入りのキャップをかぶって、元気に出かけて行ったわ」
彼はまさかと思った。そして、それを確かめるために、訊いてみた。
「そ…その娘さん、お名前は?」
「トウコっていうの」
彼の予感は的中した。そう、このおばさんの娘はトウコだった。だが、彼は本当のことは言わないことにしていた。この事実を聞いたら、おばさんがどんなに驚くかわからなかったからである。
「そ、そうなんですか…」
彼は下を向いた。彼女の事情を知り、嬉しいような、嬉しくないような、複雑な気持ちになった。そして、彼は立ち上がった。
「僕、もう次の町へ向かうので、失礼します」
「そう。じゃあまた来てね」
彼女は少し笑み、彼に手を振った。そして、彼はカウンターへ向かい、会計を済ませ、店を出た。
(トウコはそういう事情があったんだ。もうずっとお母さんに会ってないんだ)
ますますトウコのことが心配になった。そんな彼女がいま政府に狙われているのである。なんとしてでも助け出さねばならないと思った。
彼は野路に出た。そこでは、人々が楽器やマイクを持っていた。やけににぎやかだった。誰かが歌っているようだった。
「君、ちょっと路上ライブを見ていきなさいよ。こんな体験、めったにあるもんじゃないわ」
そう彼に話しかけたのは一人の若い女性だった。20代後半くらいだろう。
「え…でも、僕、急いでいるんです」
「まあ、いいからいいから」
そう言って女性はトウヤの腕を引っ張り、無理矢理人ごみの中へ連れ込んだ。
(くっ…。この人何なんだよもう…)
彼は仕方なくライブを見ることにした。人々の真ん中で、ギターやドラム、ハーモニカの人がいて、その前に、ボーカルと思わしき男が歌っていた。
「ね、すごいでしょ?」
彼女は彼に言った。彼は一刻も早く抜け出す瞬間を見つけるため、そんなことを聞いている場合ではなかった。その時、彼はあるものをみた。
「あっ!」
それは、キャップをかぶった、長い髪の少女、そう、トウコだった。彼女はそれまでライブを見ていたが、何があったのか、旧に走り出した。
「トウコ!」
トウヤは彼女の名を大声で呼んだが、大勢の人々の騒ぎの為に全く届かない。彼女はそのまま走り去ってしまった。
(行っちゃった…せっかく会えると思ったのに…)
彼はまた気分が沈み、いつの間にか離れていた女性の手のことも気にせず後を追った。彼女はもう見えなかった。

彼は広場をあとにしてひたすら走り、トウコを捜した。見つからないことはわかっていた。しかし、そこらじゅうを走り回った。
彼女はヒウンシティに向かうと言い残していった。だから今頃向かっているか、或いはもう既に到着しているか―。そんなことはどうでもよかった。とにかく一刻も早く彼女の顔を見たかった。
30分ほど走り回ったところで、彼はゲートに到着した。彼は迷わず中に入った。
「スカイアローブリッジをご利用なさいますか?」
中にいた女性に話しかけられた。運営者のようだった。
「はい」
トウヤはすぐに答えた。ここは、噂にも聞いていた「スカイアローブリッジ」という橋らしい。ただ、どんな橋なのかは知らなかった。
「では、こちらへどうぞ」
彼は女性に、出口まで案内された。彼は女性の後に続いた。
「こちらがスカイアローブリッジとなります。ここからの眺めをご堪能ください」
「ありがとうございます」
女性が微笑み、彼も笑み返した。
彼はゲートを出た。そこには、ところどころ曲がっていたり、並の様になっている橋と、そこから見える海の景色が広がっていた。
「すっげえ」
彼は思わず声を上げてしまった。彼は走り出し、ゲートのなる場所へと向かった。道は想像以上に長かった。だが、トウコのことを考えると、体が徐々に軽くなっていくような、そんな感じになった。彼は5分ほど走ったつもりだったが、実際は15分も経っていた。
彼は終点のゲートに入った。中は出発点ゲートと同じような風景だった。
「ご利用ありがとうございました。この先はヒウンシティとなります」
出発点ゲートの中にいた女性と、同じような格好をした女性が微笑んできた。
(ヒウンシティ…?)
彼はその言葉に引っかかった。トウコが向かっていたヒウンシティが、この先にあるのだ。

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